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2026年3月18日(水)〜20日(金) コワーキングスペースenunにて地域のコワーキング運営のノウハウを学ぶスタディツアーが開催されました。
<コワーキングスタディツアー>島根県松江市「enun」編
「ローカルにこそ勝機あり〜「ご縁」から地域に成果を生むコワーキング運営」
一つ目のトピックは・・
TOPIC❶enun誕生秘話コロナ禍を越えた共創と事業転換 ~共創ストーリーが愛されるコワーキングに~
2022年9月にオープンしたコワーキングスペースenun。その場所が生まれた『誕生秘話』に迫ります。
それは当時コロナ禍で大ダメージを受けた松江アーバンホテルの「宴会場や会議室」から始まりました。その事業者の経営者である松江ニューアーバンホテル(株式会社浅利観光)代表の植田氏とenunの共創を共にしたゲストの渡辺さんと夛田さんをゲストにお迎えしてパネルトークがはじまります。

コロナ禍の見捨てられた宴会場からの脱却への決断
当時、出口の見えないコロナ禍において、当ホテルでは宿泊客の激減に加え、「会食や会議などに集まってはいけない」という社会的状況下で、宴会場や会議室は全く稼働しない状態に陥っていました。
松江ニューアーバンホテル(株式会社浅利観光)代表の植田氏は「林さんの圧力が強すぎて(笑)」と冗談を交えつつも、ワークアット株式会社 代表の林との出会いや地域外の協力者である皆さまとの関りの中で、単なる箱モノではない「関係人口」や「コミュニティ」の重要性に共感し、地方都市から情報格差をなくしたいという強い想いからコワーキングへの改装へと舵を切りました 。

『人口減少が進む地方都市において、行政任せではない「企業による帰ってくる場所・働く場所」の創出が必要だと痛感した』 と当時を振り返ります。
巨額の投資判断の裏側には、他に類を見ない「共創」のプロセスがありました 。地域を超えたアンバサダーによる【地域課題解決プロジェクト】として共創のストーリーが生まれるのです。
ゲストが語るプロジェクト参画の動機
2021年3月 コロナ禍真っ只中に、このプロジェクトは静かに始まりました。
当時ワーケーション推進を事業の柱にしていたワークアットは、アフターコロナには必ず地域への人の流れがはじまり、コワーキングスペースという地域の拠点や働くスペースなどが必要になると確信していました。そこでホテル内にコワーキングスペースを新たに創るという【妄想】ともいえるこのプロジェクトを代表の植田氏に持ち掛けたのでした。
プロジェクトがはじまった時点では、当然 投資への決断がまだされていませんでした。
プロジェクトメンバー集めはコロナ禍以前からワーケーションで松江を訪れてホテルに宿泊したことのある方々に個別にお声掛けし20名程度で始まりました。主に関東エリアの皆さまと行政担当者(松江市の職員)の方にもオブザーバーとして参加いただきました。
今回のゲストの渡辺さんと夛田さんはプロジェクト大きく関わっていただいた方です。
夛田万由美さんは松江訪問は7回以上、島根に移住した友人を訪ねたことがキッカケで、その後もワーケーションツアーや複数の地域課題解決プロジェクトにも関わり、今では仕事をしながら世界中の旅を楽しみ夫婦でのワーケーションも楽しむパワフルな方です。

当時のプロジェクトへの参加動機を伺うと、「参加の理由はシンプルに”面白い人が面白そうなことやるよ”という誘いへの期待感でもあり、地域に関わりたいという直感でもありました。」と語ります。
渡辺淳さんは松江訪問は2019年から毎年2回程度というリピーター。ワーケーションツアー参加の他に、複数の地域でのプロジェクト運用をコアメンバーとしてサポートいただいています。東京で開催された松江移住イベントに参加したことがキッカケで、行政(松江市)からの依頼業務も担当されたご経験があり、頼れる共創メンバーのお一人でもあります。

プロジェクトに参加した動機は「コロナ禍で閉塞感のある社会情勢の中で、異業種の人と集まって何かを達成することに ”光” を感じました。自分の経験を活かせると考えたことがモチベーションとなりました 。」と当時を振り返ります。
共創プロセスから生まれ 愛される「enun」の誕生
約20名のプロジェクトメンバーでの活動として2021年から約1年間計10回にわたりボランティア(無償)でオンラインでディスカッションを重ねました 。妄想も混じった【新たなコワーキングづくり】について、 ”もしも自分が利用するならこんな場所にしたい” という要望からアイディアまで沢山の意見が飛び交いました。中には何十枚もの企画アイディアのプレゼン資料をつくり共有する方など、その熱量はボランティアの域を超えていました。
植田氏は 「なんでこの人たちは無償なのに、こんなに一生懸命何十枚もプレゼン資料を作ってくるのか。この人たちはおかしい、やばい(笑)」と、当時のメンバーの熱量に圧倒されたことを振り返っています 。
設計士もディスカッションに加わり、働く人ならではの要望としてファミレス席やフォーンブースの必要性など、この時のアイディアも今のコワーキングのデザイン設計(机の高さや細部までこだわり抜いた空間の設計)に生かされています。
そして「enun|縁雲」という名前も、このオンラインミーティングから生み出されたものなのです。これこそが共創のプロセスで生まれた「enun」であり、プロジェクトメンバーの第二のふるさととして、愛される場所となっているのです。

ボランティア(社会的規範)から有償(市場的規範)への橋渡し
「enun|縁雲」という名前が決定し本格的な設計に向けての打合せが始まるころ、プロジェクトリーダーを務めていた林は、メンバーのプロフェッショナルな活動に報酬で還元することを考えていました。
『ここをこんな場所にしたい』を言語化しブランディングするには、プロフェッショナルなメンバーの力が必要でした。そこで植田氏と相談し、ゲストの渡辺さんと岡さん(当時デザイナーを担当)にコンセプトの言語化とそれを象徴するロゴとタグライン作成を業務として依頼をしたのです。
植田氏は『継続的な関わりのためには対価が必要という林氏の判断のもと、正式な業務委託へと切り替えられました。ボランティア(社会的規範)から有償(市場的規範)への移行は本来非常に難しいが、プロジェクトメンバーとの信頼関係と林氏というファシリテーターがいたからこそ成功した事例である』と語りました。
ボランティアで始まった関係を、継続的なビジネス(副業・有償依頼)へと移行させた手法が、プロジェクト成功の鍵となり、この後続く複数のプロジェクトにも事例が生かされています。

enunのロゴは何枚ものイメージ案の中から最終的にコンセプトに合致するロゴが選定されました。また、タグライン「つながる・ひろがる・はじまる」はコンセプトや活動の軸となっているのです。
コンセプトやロゴ・タグラインが決定した後も、渡辺さんにはホームページの制作に地域の事業者と一緒にアドバイザーとして、運用が始まってからも数ケ月マーケティングアドバイザーとして業務委託をさせていただきました。
オープンに合わせて、夛田さんにはクラウドファンディングの企画運営と発信の業務を有償にてお願いしました。クラウドファンディング企画運営の経験がない中、各種調査からプロジェクト管理、メンバーのタスク指示と管理まで、施設管理のホテルスタッフの皆さんとのコミュニケーションも卒なく完璧に実施いただき、目標をはるかに超えて達成したのです。
夛田さんからは、プロジェクト終盤には「クラウドファンディングプランナー」という肩書きがいつの間にか付いていたというエピソードも明かされました 。
その後の地域課題解決プロジェクトでも”クラファン師匠”として参画いただきリーダー的な役割を担っていただいています。

地域を超えた地域課題解決プロジェクトから生まれたコワーキング誕生秘話
PRTIMES STORYはこちら https://prtimes.jp/story/detail/3b7oeZCEQRb
現在と未来:自走するコミュニティへ
運用(ソフト)面において、資金調達として休眠預金活用助成金を活用しロジックモデルを用いた目標や進捗管理を行うことでコワーキングのコンセプトや活動が定着しました。
現在は助成金に頼らない「自走モード」へと移行しつつあります 。
オープンから3年半が経過し、共創によって生み出された【enunのコンセプトや活動】は、関わってくださった共創メンバーをはじめ、施設管理&運営管理メンバーや利用者の方々と共に着実に進化を続けています。繋がりによるビジネスや起業家も誕生しています 。
植田氏は「今春には1階のレンタルオフィスやコワーキングエリアを増床しました。多くのスタートアップ支援など、松江を拠点とした挑戦をさらに加速させる予定です 」と語りました。
「ビジネスを超えた関係性が、この場所を特別なものにした」というゲスト全員の共通認識が、enunという空間の温かさと強さを支えていることが伝わるセッションとなりました。この壮大なプロジェクトに関わった共創メンバーは 『work@アンバサダー』として今でも地域との繋がりや課題解決を裏側で支えるサポーターにもなっていただいています。enunは単なるオフィス空間ではなく、「誰とやるか」を大切にした人々の想いが形になった場所です 。この「共創ストーリー」こそが、多くの利用者に愛され、コミュニティが育ち続ける源泉となっています。